雑木林の存在意義と機能について ―既存の研究資料整理とその吟味―
島貫 陽
1.研究の背景と目的
ここ十数年の間に、日本各地の雑木林が次々に削られ、姿を消している。私の実家付近にある雑木林も徐々に小さくなり、幼い頃の遊び場として思い出深い環境はもうそこにはない。
本研究は、『雑木林と人との新たな関係』を提案するための基礎研究である。まず、これまでの雑木林の役割と思われる内容をまとめ、今回は、その役割の中から一点にしぼって、既存の研究資料から集められたデータと照らし合わせ、定量的な観点から吟味する。そこでこれからの雑木林の存在意義を述べることができれば、それが雑木林を守る活動の武器になりうると私は考える。それに加えて、足りないデータが何かを明らかにする。
2 研究の方法
文献調査。多くの単行本,パンフレット,ウェブサイトのような二次資料とそれらの基になった論文を参考にまとめる。
3. これまでの雑木林の役割と思われる内容
3.1 暮らしのための生産の場
なぜ雑木林は姿を消しているのか。なぜ昔は雑木林がたくさんあったのか。その理由として、かつての雑木林は暮らしのための生産の場として使われていたが、今はそうではなくなったということが考えられる。
戦前、人々は雑木林に生える樹木などを上手に活用し、生活をより良いものにしていた。幹や枝崎・炭・柴として燃料に、或は蔓と一緒に柴垣・建材・生活道具・農具の材料にした。
毎年秋に出る大量の落ち葉は腐葉土・堆肥など有機肥料として、下草は牛,馬などの飼料としてそれぞれ活用されていたし、きのこ、山野草、兎、猪などの小動物、イワナなどの川魚は大切な食料であった。このように生産とうまく結びついていた雑木林では、間伐・枝打ちが頻繁に行われ、明るく安全な美しい雑木林が出来上がった。林内に日がよく当たるため、生物多様性は今よりも格段に豊かだったはずである。
3.2 戦後の工業化による雑木林の減少
ところが、戦後の高度経済成長期に工業化が進み、薪・炭などの燃料は安くて便利な化石燃料(石油・ガスなど)や電気に取って代わられた。また、プラスチックの登場で多くの生活道具は工業製品として大量生産されていった。
3.3 雑木林の役割を見直すきっかけと思われる動き
そんな中、国有林は林野庁の独立採算制、民
有林,共用林は現金収入の大半を占めた薪炭が衰退したことによって、収入源としてもっと期待の持てるスギ・ヒノキの人工林へと転換されていった。しかし、外国からの安価な輸入材におされ、国産材の売れ行きはあまりよくない。収入のなくなった人工林の中には間伐・枝打ちをする費用がなく放置されるものも多く、日当たりの悪い林内には下草がほとんど生えなくなった。その結果、風倒木の増加、沢水の減少、川下の洪水増加などの問題が多発するようになったが、これらの問題が明るみに出てからは森林の環境面の役割が次々に明らかになった。『森は海の恋人』という有名なキャッチフレーズは森林から出る水が海産物収穫量を増やすということをうたっている。『山は緑のダム』という言葉には、保水力のある山はダムの代わりになってくれることが表されている。しかもダムのようなメンテナンスが必要ないため、その分の公共事業費を山の管理に投資できるという点で都合が良い。その他にも、植物の光合成(cO室の吸収)によって地球温暖化を,蒸発散作用によってヒートアイランド現象を、また、自然災害(土砂災害,火災,水害,風害,雪害,騒音など)も軽減防止するという。もっとも、これらの役割は我々人間が重要視しなかっただけで昔からあったものである。
これらの環境面の役割が明らかになると同時に、最近、ようやく雑木林の役割を見直すきっかけと言えそうな動きが見られはじめてきた。より質の高いものを求めた、本学科第三生産技術研究室やHOCCOなどによる高付加価値を持ったクラフトの技術。茶室や数寄屋にも高級な建材として雑木が使われている。
4. 雑木林の役割を裏付けるデータ
前述のように、雑木林にはさまざまな役割があるが、今回はその中から「水の循環から見た雑木林の役割」について、定量的なデータと照らし合わせて説明したい。
4.1 水の循環から見た雑木林の役割について
・浸透能と保水力:
定義の違いを明確にする必要がある。一般に言われている「広葉樹のほうが保水力がある」について、それがわかる定量的なデータは残念ながら見つからなかった。(図1.2)
また、保水力のある森林は降水をゆっくり均一に流すことによって洪水・渇水を防いでいるが、雑木林のデータはなく、針葉樹と広葉樹の混交林の場合、林齢が大きくなるほど年最小日流出量は増加する。(図3)
・森林が水質に与える影響:
森林に降った雨は植物体から養分が溶出する時,植物に養分を吸収される時,土壌の負に帯電した粒子にイオン交換される時に水質を変化させる b)。この負に帯電した粒子は腐植内に多いため b)、落葉の量が多い雑木林は水質を変化させる力も大きいと思われる。また、物質のほとんどは土壌と植物体内に貯蓄され、栄養分の少ない状態で川に流出することになるが、その物質量は有機物の分解速度が速いところほど多くなるという b)。つまり針葉樹林は広葉樹林に比べ、流出する物質量は少なくなると考えられる。
5. これからの雑木林の存在意義
以上の吟味から今後の雑木林の存在意義は
1 豊かな種が生み出す再生産可能な資源としての役割
2 居心地の良い自然空間としての役割
3 複合的な学習が可能な場としての役割
4 水,空気,熱,音,光などを制御する役割
が考えられ、これらを二重、三重に活かすことが雑木林を保全することにつながると思われる
参考・引用文献
a) (社 日本林業技術協会『森と水のサイエンス』1997.6.3 東京書籍
b) 只木良也・吉良竜夫『ヒトと森林』2000.3.10 共立出版
c) 只木良也『森と人間の文化史』1997.8.30 日本放送出版協会ほか