NO.015803 YEAR 2002 福祉デザイン計画分野 原田研究室 (修士)

履物に関する人間工学的研究―脚にやさしい新しいタイプの履物の提案

杉本 史朗

1.研究の背景と目的

靴は歩行の快適さと、足元の美を演出する代償に人間本来のからだの機能を減退させている。更に健康被害に成り得る場合もある。
本研究では,人間本来の歩行機能を取り戻すために新しいタイブの履物を提案することを目的とする。これが結果的に脚に、人にやさしい履物になると考えている。靴の概念の中では問題を解決不可能と考え、広義の履物の中で展開する。

2.問題の発生

靴は職人の経験からヒールに高さを持たせること(ヒール高差)で歩きやすくなった。更に足底を支えるために靴底の強いしなり(シヤンク)が生まれ、この2つの相乗効果で歩行時の足の筋負担が軽減できる。
しかし、第二の心臓機能と言われるミルキングアクションを低下させることになる。
ヒール高差と筋負担との関係を調べたところ、ヒール高差0皿と15mでは脚の筋負担にあまり差は見られなかった(図1)。

3.コンセプト

素足感覚で歩ける履物
・歩行に使用する本来のパランスの良い筋の構成に戻す
予想される効果
・足の変形を伴う障害の予防
・足の変形を伴う障害の進行を止める又はその治癒
・後退する人間の重心位置があるべき位置に戻る
実現の為に必要な条件
・ヒール高差を無くす→足首の曲げ
・シャンクを無くす→足首の曲げ
・爪先の形が可変できる→足指への加重
・踵の形が可変できる→ホールド性の向上
・サイズ許容量を広げる→足への余分な負荷減

4.試作準備

品質表を中心に細部にわたる設計仕様を決定すると共に改良時にもこれを活用する。
同時に履物の製法やデザイン、歴史を調べ参考となる要素を抽出する。また、材料・道具を決めるためにメーカー、資材店、靴店を調査する。販売員の評価を受けられる様に連絡ルートを作る。

5.試作

靴型はメーカーより借り受けたアルミ製・作業靴製造用・ギリシャ型の26cm・EEサイズと24cm・EEサイズをベースとして試作を行った。
1~5次試作では市販靴25.5~27.0cmの靴ユーザーを対象に、履き心地評価を行いながら26cm靴型で作り込んだ。
6次試作で実験用に8足製作した。更に継続して7,8次試作で改良を加えた。

6.試作の評価と改良

評価項目は品質表から抜粋した表2と評価者の意見に基づき対策案を出し、改良を繰り返した。

1次試作(図2,3)
足長調整の平織りゴムが強く、爪先が曲がる不都合が出た。甲皮の織物も耐久強度に難があり変更が必要となった。
踵のホールド性と幅の調整に関しては評価が良かったが、作成が難しく仕上がりにバラツキが出る可能性があった。

2次試作(図4)
紐の締め付けが強く開放もしづらい。この事によって爪先や幅の適度な調整以前に、モデルの形状が保てず再検討を要した。
クラリーノの質感が適度で安定供給される目処がついたので3次試作より、これを多用することとした。

3次試作(図6)
甲の締め付けを弱くする仕様変更だったが失敗した。紐の編み上げ角度が大きく影響しており、2次試作で確認した。紐の滑りを良くする為に金属D冠を採用することとした。サイズ調整は方策が出ず保留とした。

4次試作(図7,8)
サイズ調整を楽にする為に底を分割し、結合部に伸縮素材と粘着テープを配置した。設計段階で検討内容が薄く、底が突起した状態になり、試用が困難であった。
踵部分も切り離し縫製しやすく、フィット卜する形に変更したが、実用性が低く被験者の評価も悪かった。

5次試作(図9,10)
評価試験に耐えうる試作品が完成した。
踵のクッション材の耐久時間、爪先の一部が変形して水や汚れが浸入する問題が生じた。

6次試作(図11)
1足試作後に前試作の問題確認を行った結果、問題は解決された。
早急に被験者分の靴を追加作成し、評価実験を行なった。

7次試作(図12,13)
防寒、防水面の強化と足長調整をより簡便にする予定であったが、3次試作のサイズ調整を採用としたためにかえって調整しづらくなった。

8次試作(図14)
甲皮主資材の透湿性で蒸れの問題は残ったが、目的とする最終の形まで到達した。

7.履物が血流に与える影響

履物の違いが脚部の血流に与える影響を見るためにサーモカメラで体表温を計測した。
被験者の脚部を昼と夕方に測定した。
通常靴を履いた被験者cと比較して、試作モデルを履いた被験者A,Bは足部末端部の体表温低下が抑えられている(図15)。

8.履物が循環系に与える影響

図16は心拍数、図17は最高血圧、図18は最低血圧を示す。被験者A~Eは自前の靴(ヒール高差10~16mm)と試作モデルを履き、歩行中の心拍数、血圧を測定した。
試作モデルを履いた時の方が循環系の負担は減少する傾向が見られた。これは脚部の筋が協調的に働き(ミルキングアクション)、第二の心臓としての役割が活かされていると考えられる。

9.結論

ヒール高差のある靴、シヤンクのある靴は血行障害を引き起こす要因と成り得る。試作モデルにより、ヒール高差を無くし、サイズ許容を大幅に広げるだけでなく、足の形状に合わせられるようにした。これによってしっかり足にフィットすると共に、足首関節と足の指を自由に動かせられるようになった。このことにより、人間本来の歩行時の脚機能を取り戻す事ができると考えられる。

参考文献

越智淳三(訳):解剖学アトラス第3版,文光堂,1990
小野三洞:あし〔いま、身体について考える〕,風涛社,1975
小原二郎他:建築.室内.人間工学,鹿島出版会,1969
石塚忠雄;靴の科学,講談社,1991
生命工学工業技術研究所:
http://www.dh’aist.go.jp/NIBH/NIBH/ourpages/fcot/j-fOotmorph.html
あるある大辞典:http//www.ktv・co.jp/ARUARU/index・html

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