<新棟計画>のデザインプロセスから学ぶ<キャンパス空間>のデザイン研究
津田 紘子
1 研究の背景と目的
平成13年度より本学に6番目の学科「環境情報工学科」がスタートした。この新学科の新設にあたり、新学科のための研究棟と、全学科のための教育棟がまもなく完成を迎える。
本研究では、次の2点を目的としている。
1. 新棟建設委員の一人である二瓶教授のもと基本構想、基本計画、基本設計、実施設計、設計監理に参画し、設計・生産プロセス・手法・技術・ディテール・表現方法を学ぶこと。
2. 1で学んだことを活かし、<香澄町キャンパス空間を整える提案>を行うこと。
現在の香澄町キャンパスは、かなり過密である。過密ながらも計画的な整備がなされていれば、別の空間が広がっていたかもしれない。これは、大学創設時、大学の将来像について想定できず、キャンパスのマスタープランがつくり得なかったことも一因である。
しかし、現状をしっかり認識し、現在の状況で精一杯考えることの方がより重要と考える。
<新棟>はキャンパス全体の環境を視野に入れた計画となっている。そこで、<新棟>の計画で目指した考え方を媒体としたキャンパス空間の提案を目指す。
2 <新棟計画>デザインプロセスから学んだ内容
<新棟計画>という一連のデザインプロセスを通して、私が学んだ内容を6つのキーワードにまとめた。
(1)周辺環境を活かした<地と図>の関係を学ぶ
新棟の建築位置は旧2号館周辺で、隣接して松並木が存在している。この松並木の景観を壊さぬよう、公道側には松の樹冠を超えない教育棟を配置している。背景すなわち<地>として活かす手法である。
(2)有機的な繋がりを重視した空間構成を学ぶ
新棟計画では教育棟と研究棟が分棟されている。中庭・研究棟多目的教室・コロネード・教育棟吹き抜けホール・松並木ゾーンを連続するスペースと捉え、連続性・透視性を生み出している。<外>を<内>に取り込むという考え方である。またその間にコロネードを設けている。コロネードは雨よけという機能だけでなく、教育棟と研究棟、更には既存建物と空間を繋ぐ媒体としての役割を持っている。
(3)空間形成要素自体がサインであるという考え方を学ぶ
単に案内板を掲げるだけでなく、<スペース>・空間形成要素(床・壁・天井)そのものに大きな意味のサイン的役割を持たせている。コロネードは存在そのもので、「ここを通る」という意味を持つものである。床のデザインで更に補強している。また、研究棟妻壁では、アルミパネルにブレースの形を表現することで制振システムの存在を暗示している。
(4)空間を秩序づけるためのモジュールの考え方を学ぶ
平面計画・構造計画をするにあたり、基本モジュールを定めている。平面計画ではモジュールをもとに、基本となる平面ユニットをつくり、分割及び伸展させてく要求される面積>に柔軟に対応できるシステムとしている。
(5)構造・材料の特性を活かす選定法を学ぶ
教育棟はプレキャスト鉄筋コンクリート構造とし、躯体が視覚的に表現されている。研究棟は純鉄骨構造で、外壁はアルミパネルのカーテンウォールで構成されている。このように構造体の持つ特性をそのままデザインとして活かしている。
(6)素材を活かした色彩計画を学ぶ
アルミパネルやコルテン鋼など素地を最大限に活かしている。スチールマリオンのカーテンウォールは共通のモチーフとして教育棟と研究棟との統一感を表現している。
3.<キャンパス空間>のデザイン
以上の<新棟計画>から学んだ内容を踏まえ、新棟を軸としたキャンパス空間の提案を以下の方法で展開した。
(1)調査
在学生の香澄町キャンパスに対する現在の要求を客観的に把握することを目的とし、空間系実習生13名と協働で提案活動を行う。
1 キャンパスの調査及び評価を行い、そこでの結果をもとに評価マップを作成。
2 イメージコラージュの作成。
3 各自が興味を持った場所について提案。
(2)評価・分析
調査で挙げられたリニューアル提案=要求として捉えると、大きく3つの要素に分けられる。
・歩行空間を整える
・歩道空間と関連した広場をつくる
・駐車場・駐輪場を整える
このキャンパスは一見過密で欠点の多い空間に思えるが、提案によっては快適になり得る可能性があり、全体的に質を整える手がかりが得られた。
(3)デザイン展開
<新棟>を軸に南北方向の断面でデザイン展開を行った。
□教育棟北側公道沿い松並木の歩道空間
step1
現在の老朽化したフェンスを撤去する。
step2
A.植え込みをしっかり連続させることでフェンスの代わりとする。
B.フェンスを教育棟側に移動して、新設する。
step3
敷地を歩道として開放し、床面を舗装し、整える。
・地域との関係を考慮することで大学の垣根を開くことになる。
・照明や床パターンにより、通行人を誘導するサイン的役割を持たせる。
・教育棟北側法面の<キワ>について一今までの法面の形を活かしその端部は松杭による垂直面とする。(写真右)
□多目的教室
従来の施設の建てられ方を振り返ると、そのプロセスの中で必ずしも教職員・学生の意見が反映されていなかった。新棟計画では学長のもとに新棟建設委員会が設置され、企画・構想の段階からここで検討されたことが最大のポイントである。
そしてこのことが具体的に形となって現れたのがこの<多目的教室>である。
<多目的教室>は当初の要求にはなかったが、最初から提案し続け、共用部を合理化することで面積を創出し、実現した。ここでは<多目的教室>を大学全体の<フォーマル>なスペースとして位置づけ、その使い方の提案を試みた。
4.総括
<新棟計画>を通して、建築計画の技術的側面とともに基本的なデザインプロセスの思考を実践を通して学んだ。設計行為は常に最適解を模索し、それを求めるためにスタデイーを何度も繰り返す。いかに図面のレベルを高く設定するかで、その建築の質が決まってしまう。そこには、建築という何十年、何百年と存在するモノをつくる責任を感じた。
来年度からこの新棟が、本学のシンボルとして機能していくわけだが、この新棟の趣旨が媒体となって、キャンパス全体に反映されていくことを期待する。そして使用する我々が、空間に触発され、新たな行為を生み出すきっかけとなることを望む。