空気流動特性を考盧した室内の換気計画に関する研究
佐野 裕志
1. 研究の背景と目的
近年の建物は、高断熱高気密化が進んでおり、自然換気量が減少する傾向にある。現在社会問題となっているシックピルシンドロームは、この建物の気密化が原因の1つと言われており、換気が十分に考慮されずに気密化が進んだ住宅では、室内空気環境が悪化し、居住者の健康被害を引き起こしている。したがって、建物には、換気量を充分に保障する換気システムが必要不可欠となってきているが、「量」だけの確保では、室内の必要な場所へ新鮮な空気が分配されているかどうか、空気が目に見えないために不明であり、換気の「質」の問題が問われている。
本研究は、人工気象室を用いた換気実験とCFDに基づく数値シミュレーションから、換気による室内気流の挙動を系統的に分析し、「質」を考慮した今後の室内換気計画のための基礎資料整備を行なうものである。
2. 人工気象室を用いた換気実験
2.1 人工気象室と換気システムの概要
室内の換気性能評価を難しくしている最も大きな要素は変動する外気温である。そこで、外気温を自由に制御できる人工気象室を用いて換気実験を行った。図1に、人工気象室の平面断面図と換気システムの概略を示す。人工気象室は室内空間を想定した内室とそれを取り囲むように配置された外室A・Bからなリ、外室は-15~40°Cまで自由に温度制御できる。内室には、外室A側に大きなガラス窓が設置されている。換気方式は、内室の空気が天井と床に設置されたいずれか一ヶ所の排気口からフアンによって排出され、それを駆動力として壁上・壁下の給気口のいずれか一方から外室Aの空気が内室に自然供給される第3種換気方式である。内室の温度は常に20°Cに設定した。内室の暖房は、フアンコイルユニット(以下FCU)による温風暖房、電気式暖房パネルによる床暖房の2種類とした。床暖房は、制御系統が内室のインテリアとぺリメータの2系統に別れており、それぞれ独立の制御が可能となっている。
2.2 実験の概要
表1に実験の種類と条件を示す。換気に影響を与えている因子として、1外室条件、2暖房方式、3FCU風量、4給気口の位置、5排気口の位置、6給排気口の形状、7換気量、の7因子を取り上げ、これらの因子の組み合わせで、合計34条件の実験を行い、各因子が室内換気特性に与える影響度を検討した。
実験方法は、SF6をトレーサーガスとしたステップダウン法とした。室内のガス濃度を均一の状態にしてから換気システムを稼動させ、ガス濃度減衰の測定を基に局所空気齢と局所空気交換効率を求める。ガス濃度の測定点は、図1の赤丸に示すように、平面に9点、高さ方向に3点の計27点である。各測定点にはA1~C3まで記号が付いており位置を識別している。図2に濃度測定システムを示す。測定点は自動的に切り替わるようになっており、サンプリング時間は約60秒である。
2.3 実験の結果
実験結果の一例として、実験3の暖房機器にFCUを使用した場合の結果を示す。図3は、そのときの室内各点のガス濃度の減衰の様子を示したものである。空気齢は、減衰曲線の下の斜線部分の面積に相当している。また、各測定点で得られた空気齢を排気口の空気齢で基準化したものが空気交換効率となり、本研究では、この指標を用いて換気性能を評価した。図4に、実験3-4の室内下部で給排気した場合の空気齢、図5に、そのときの空気交換効率を示す。壁下部から給気した場合、給気口近傍のA3から外気導入方向にあるA列~B1の床上10cmの空気齢が110分と早く、床上120cm以上の測定点では、排気口の空気齢よりも空気齢が遅い。この各空気齢を排気口空気齢で基準化したものが空気交換効率となる。空気交換効率でみると、床面付近の効率が他の高さに比べて大きい。特に、外気導入方向にあるA列~B1の効率が約1.1と大きいが、これは、導入外気の密度の影響によるもので、床面を這って移動する外気の動きが見られる。床上120cm以上の測定点になると、排気口の空気交換効率よりも測定点の空気交換効率が小さく、ショートサーキットが発生していると思われ、新鮮空気の呼吸域への到達の遅れが懸念される。空気交換効率に対する暖房風量の影響として、実験1の400m²/h、実験2の100m²/h、実験3の50m3/hの「壁下部給気,床排気」の結果を、平均空気交換効率と暖房風量の関係でまとめたものを図6に示す。暖房風量の増加に伴い床上120cmと220cmの空気交換効率が0.82~0.95まで上昇し、ショートサーキットの影響が緩和されており、部屋全体に新鮮外気を均一に分配するには、換気回数で、8回/h(実験換気量の16倍)以上の暖房風量が必要になると見積もられる。なお、床上10mでの空気交換効率は、風量の増加に伴って大きくなるが、これは、壁下の給気口と暖房用吸込口の間でショートサーキットの割合が高くなり、この間に位置するAl~A3、B3での空気齢が小さくなったためと推定される。次に、実験10の外室温度の違いによる高さごとにまとめた平均空気交換効率を図7に示す。このときの内室の暖房は床暖房である。外気温度が室温よりも低いため床付近の効率が大きくなっているが、各測定高さの結果とも、導入外気温度が高いほうが効率が大きいことが見てとれる。これは、導入された外気が床暖房から熱を受け取り暖められるまでの時間が、外室温度が高いほうが短いためと推察される。外気を導入する際、空気を室内の空気と熱交換してから室内に導入することが望ましいと思われる。
以上全ての実験の結果を床上120cmの空気交換効率と空気齢の関係でまとめてみた。その結果が図8である。多くの実験の結果が空気齢120分、交換効率1.0付近に集まっているが、概ね、両者には空気齢が大きければ、交換効率が小さいといった、負の相関が見られる。全ての結果の中では、実験5-2の夏季冷房空間における壁下給気、床排気の経路の交換効率が約1.1と最も大きくなっている。逆に効率が最も小さいのは、冬季の暖房時で、と同じく低い位置で給排気する場合実験3-4、実験2-4で、効率が0.8~0.9、空気齢145分である。また、夏季冷房空間において室内の高い位置で給排気する実験4-2の場合も空気齢、交換効率ともに結果が悪く、グラフの左上に位置している。すなわち、これら場合、導入外気が室内の短い経路を通って排気口に至るため、呼吸域において新鮮空気の到達が遅れる危険性があるということを示している。全体としては、外室温度と給排気口の位置関係が換気性能に最も大きく影響を与える因子であることが判った。
3. CFDを用いた換気シミュレーション
3.1 シミュレーション概要
換気を行っている空間内のより詳細な空気の挙動を明らかにするためCFD(ComputationalFluidDynamics:数値流体力学)を用いて換気に関するシミュレーションを行った。本研究では、解析に必要な支配方程式を有限要素法で離散化した。離散化された代数方程式を有限要素法解析汎用プログラム「FLOTRAN」を用い、3次元解析を行い、換気計画へのCFD利用の有用性を検討した。解析対象空間は、換気実験で用いた人工気象室の内室で、その実験条件を3次元数値モデルに定義し、それを計算モデルとして解析を行なっている。3次元解析モデルと解析条件を図9に示す。壁下部給気・天井排気の換気経路をとり、床暖房を使用した空間である。これは、実験7-2に相当する換気条件である。
3.2 シミュレーション結果
シミュレーション結果の一例として、換気開始50秒後の床上15cm、120cm、165cmの風速ベクトルを図10に、240秒後の同断面の風速ベクトルを図11にそれぞれ示す。50秒後では、給気口付近の気流速度が遅くなっているが、これは、給気口から流れ込んだ冷たい空気がすぐに落下して、床面を這って流れるからである。床上15cmの断面では、全体的に空気が給気口の方向(A3)から排気口の方向(C1)へ動いているが、気流によって、床暖房から熱を受け上昇気流が生じている箇所が見てとれる。床上120cmの室内の中心高さ付近の気流の様子は、室内の中心部はあまり動きが見られないが、c列側の壁面と外気導入方向の壁面付近の室内周辺部の空気の動きが大きい。床上165cmの、人が立った場合の呼吸域の高さでも床上120cmと同じ傾向を示している。空気は、室内の周辺部で動きが大きく、室内中心部では、動きが小さくなっている。給気口や排気口側の壁面における上昇気流は、この付近での空気が大きく壁にぶつかることと、空気の壁面に沿って流れる特性であるコアンダ効果の影響であると考えられる。換気開始から240秒では、床上15cm、床上120cm、床上165cm各断面の気流は落ち着き、動きが小さくなっている。床上15cmに関しては気流の動きが見られ、その後、気流の変化は少なくなっていき、定常状態になるものと考えられる。
3.3 空気齢の算出の試み
シミュレーションで得られた風速ベクトルの結果から空気齢の算出を試みた。使用した風速ベクトルは、換気開始から370秒経過後の結果で、室内気流が定常に達したと見られる時間である。測定点から質量0の空気分子1個を飛ばし、風速ベクトルデータを基に得られる1つの流線の軌跡を求め、給気口に至るまでの移動時間を時間を逆に解き、この時間を空気齢とした。算出された空気齢は、給気口に近いほど値が小さく、離れるほど値が大きくなり、給気口からの距離に比例する傾向が見られた。濃度分布の計算を必要としないこの方法は特筆されるべきで、今後、その計算方法の確立が待たれるところである。
4. 結論
換気の「質の向上」という視点から、人工気象室を用いた換気実験とCFDを用いた数値シミュレーションの2つの方法により、空気流動特性に着目した換気性能について検討した。換気実験の結果、外気温と給排気口位置の関係が換気性能に最も大きく影響を与える因子あり、場合によっては、新鮮空気の分配の遅れが懸念されることがあるなど、幾つかの重要な知見が得られた。また、換気に関するシミュレーションの結果から、室内空気の挙動を視覚的に捕らえることにより、換気計画へのCFD利用の有用性が確認された。シミュレーション結果は、実験では得ることのできない内容を多く含んでおり、今後の展開が期待されるところである。
参考文献
1)MSandberg,M.Sjoberg:Theuesofmomentsfbrassessingairqualityinventilatedroom,BuildingandEnvironmcnt,18,181-197,1983
2)石川善美,佐野裕志ほか:人工気象室を用いた建物の換気性能評価に関する研究その1~7,日本建築学会大会梗概集,2000.920019200282003,9
3)石川善美,内海康雄ほか:人工気象室を用いた空気齢に基づく建物の換気性能評価に関する研究第1~6報,空気調和・衛生工学会講演論文集,2000,92001.92002.92003.9