Webサイト『仙台デザイン史博物館』の提案と制作 ―「近代工芸・デザイン研究発祥の地」であることを伝えるために―
齋藤 州一
1.序論
1.1.背景と目的
昭和3年に仙台に設立された商工省工藝指導所は、幾多の改組を重ねながら、国立では初の工芸指導機関として、数々の研究活動、試作品の開発を行い、我が国の輸出振興および産業発展に寄与してきた。よって仙台は「近代工芸・デザイン研究発祥の地」と言われてきたが、そういった情報に触れる機会が少ないためにその事実を知る市民は少ない。しかし一方では、一部の民間で歴史を顧みる動きや仙台のデザインをアピールする活動も起こり始めている※1。
そこで、本研究では仙台のデザイン史を再確認し、アピールしていく一つの手段として、仙台に残るモノやそのデザイン史を紹介し、市民との間でコミュニケーションを図ることができるようなツールとしてのWebサイトの制作を目的とする。
1.2.本研究の流れ
本研究では、仙台デザイン史やそれにまつわる作品の調査・分析を行うことで仙台デザイン史の意義を確認し、Web博物館の調査から現在のWebサイトの現状や構造、それがもつ意味などを分析する。そして、それらの調査をもとにWeb博物館の提案および制作を行う。
2.Webサイト『仙台デザイン史博物館』の位置付け
仙台を「近代工芸・デザイン研究発祥の地」と位置付けることができるのは工藝指導所の功績によるものである。よって『仙台デザイン史博物館』では工藝指導所に関するものを核とし、さらに伊達藩以来の風土に根付いてきた伝統工芸品、工藝指導所以降の近代デザインを取り上げることとする。
3.仙台のデザイン史に関する調査
工藝指導所に関する事柄を中心に、仙台にまつわる工芸品や近代デザインについて調査を行った。
3.1.工藝指導所関連作品の調査※2
3.1.1.目的
昭和52年以降、当研究室では工藝指導所に関する研究を継続し、工藝指導所の後身である産業技術総合研究所東北センター(産総研東北センター)に残る工藝指導所関連作品の調査やデータベース化を行ってきた。
その倉庫内に工藝指導所関連作品が保管されていることが近年新たに分かった。現在工藝指導所に関する作品は仙台には僅かしか残っておらず※3、産総研東北センターの工藝指導所関連作品は「仙台に残る工藝指導所関連作品」として、そして「工藝指導所の当時の様子を知るための歴史的価値を持つ作品」として大変貴重な品々である。
本調査ではそれらの価値の再確認を行うとともに、実際の作品に当たりながら新たに分類を試みることでその傾向を探り、記録保存のために写真撮影・実測を行い、そしてそれらをWebサイト掲載に生かすこととする。
3.1.2.分析
倉庫内の調査の結果、まずそれらの作品が「試作品」と「コレクション」に大別でき、作品に貼られたラベルから昭和22年から41年の作品であることが分かった。そしてそれらが形態上で200種、総数497点あることが分かった。さらに試作品を材質・技法別に分類した結果、漆工品、木工品、金工品、陶磁器、樹脂、ガラス、照明具のような工業製品に分けられ、その中には木工と金工、陶磁器と木工、木工と樹脂といった材質が組み合わされているものもあった。
試作品の中で最も多かったのは漆工品で86種239点、続いて木工品50種101点、金工品19種72点であった。さらに漆工品・木工品を品目別で見ると、菓子盛やサラダボール等の盛器が圧倒的に多いことが分かった。さらにそれらの大半は産業工芸試験所時代の技術である非円形ろくろを使用した作品であった。そして金工品は灰皿や燭台が多かった。
また、調査の際に倉庫内の作品35点の実測を行った。
3.1.3.考察
ラベルの年代からそれらの作品は産業工芸試験所東北支所時代のものだと特定される。そして戦後という時代背景もあり、輸出振興のために試行錯誤をしていたと思しき様々な形状をしたデザインの作品が多く存在していた。これらは現在では奇抜と思われるようなデザインも多く、新しいデザインに挑戦しようとする当時の姿勢は大変興味深いものである。さらに漆工品や木工品の作品が多く、器のような作品がほとんどであったため、当時木材を扱った器ものの生産が主な研究であったことが確認できる。また、コレクションからは国内外のデザイン調査を活発に行っていたことが分かる。
以上より産総研東北センター倉庫内の作品は工藝指導所の歴史の位置付けをする上で大切な資料であり、仙台に残る数少ない工藝指導所関連作品としてこの地に残し、伝えていくべきものであると言える。
4.Web博物館に関する調査
4.1.博物館とWebサイトの関係性に関する調査
4.1.1.目的
博物館におけるWebサイトの役割を知るために、現在ある博物館とWebサイトの関係性について調査し、その状況を把握することによって、Webサイトの意味、構造・仕組み等を抽出し、それを制作に反映させる。今回対象とするのは、東北6県の資料館・展示館を含む博物館633件と東京都の資料館・展示館を含む博物館142件とした。ただし、これらの博物館は各都県の公式観光サイトにおいて紹介されているものとする。
4.1.2.分析(調査実施:平成15年10月)
調査として博物館数とWebサイト数の割合やF1ash・フレームなどの使用状況、テキストやイメージの情報量などについて調査を行った(表1)。
東北6県の博物館633件中Webサイトを持っていたのは129件で約20%、東京都の博物館142件中Webサイトを持っていたのは71軒で約50%であり、東北における博物館のWeb利用はまだまだ少ない。
F1ashの使用率は各都県でおおむね10%弱と少ない。F1ashの使用用途は主にスプラッシュページや展示品の解説などに用いられている。
フレームの使用は各都県でおおむね45%前後と半数近い。主にナビゲーション用にフレームが切られており、常にナビゲーションを表示することができるため、ページ間の移動に便利であるが、ナビゲーション内の整理がされていないページが多く見られた。
サイトの情報量については情報過多・装飾過多のものや画像とテキストだけの簡素なページが多く、デザイン処理が施されていると思われるものは30%程であった。コンテンツとしてはおおむね展示品の紹介がメインである。その他にもムービーやゲーム、クイズなどを使用して演出を行っているサイトもあった。
4.1.3.考察
東北の博物館数とそのWebサイト数および東京の博物館数とそのWebサイト数を比較すると、Web上では東北各地方の歴史に触れる機会がまだまだ少ないことが分かる。よってこのことからも本研究のテーマである「仙台デザイン史の発信・伝達」ということの意義を認めることができるのではないだろうか。
Flashによる演出はユーザーの理解を助けるのに効果的であるが、スプラッシュページの多くはWebサイトの訪問者にとって、必要な情報に到達するために余計なステップを踏まなければならず、単なる自己満足の邪魔なページとなっている場合が多いため、スプラッシュページの使用は極力避けた方がよいと思われる。
フレームはナビゲーションを設置する際に効果的である。しかしナビゲーション内の情報量が多いと複雑になり、その機能がうまく働かなくなってしまうため、ナビゲーション内は簡潔な表現にすべきである。
情報量に関しては各サイトのルールが定まっておらず、適切なデザイン処理がなされているサイトは少ない。よってサイトにはフォーマットのようなしっかりとしたデザインルールを設けるべきである。
総じて今回の調査対象では、博物館におけるWebサイト事情はまだまだ発展途上にあるということが言えるだろう。Webサイトを公開するにあたり、操作性だけでなく博物館としてのアイデンティティを考えることも重要である。あるいは多くの博物館に「友の会」という交流の場があるように、Webならではの掲示板などを用いた交流の場を提供することも必要であろう。
4.2.博物館とWeb博物館との比較※4
4.2.1.目的
Web博物館の意義を確認するために、現実の博物館とWeb博物館を比較することによって、それぞれの特徴を分析し、その理解を深め、Web博物館制作に反映させる。
4.2.2.分析
博物館の魅力は、第一に標本を実際に見ることができるということである。自らの足で自由に行き来できるために、標本を見る自由度が高く、その大きさや材質、立体感、雰囲気を簡単に捉えることができる。
また、多くの博物館では歴史を体験学習を通して学ぶことができるような何らかの仕掛けがあり、楽しんで学ぶことができる工夫が施されている。
さらに、博物館の展示には常設展示のようにその博物館独自のメインとなる研究テーマを展示するもののほかに、一定期間ごとに様々なテーマで企画展・巡回展などを行っている。
一方、Web博物館は自宅や学校など、どこにいてもいつでもその情報を手に入れることができるという「手軽さ」が最大の魅力として挙げられる。
また、BBS、E-mail、blogなど様々な形式で情報のやりとりが手軽にできるため、Web博物館側と閲覧者、あるいは閲覧者同士のコミュニケーションを活発に行うことができる。
さらに、制作者側のメリットとしては実際の土地を必要としないために、土地に関する問題や、設立時やメインテナンス時などにかかるに様々な負担を軽くすることができるということ、そしてリアルタイムに情報を更新することができるということが挙げられる。
4.2.3.考察
博物館のメリットは標本を実際に見たり触れたりすることができるように、過去のものを実体験として学ぶことができるということである。さらに企画展などは観覧者の様々な興味を引きつけることによって、リピーターを増やし、それが博物館と観覧者両者の活気を盛り上げる手段ともなっている。その博物館のメリットにWeb博物館のメリットを加えることでより良いWeb博物館を考えることができるのではないだろうか。
Web博物館では標本は写真やテキストのみでしか見ることができないために、そのスケール感を図り知ることは難しい。それを現実の体験に近づけるためには、つまり標本の閲覧の自由度を高めるためには、標本を様々な角度から見ることができるようにする必要がある。その方法としては多角的な写真や動画を使った方法などが考えられるが、その一つとしてQuickTimeVR(以下QTVR)という方法がある。これはオブジェクトの360度分の画像を用意しQWR上でそれらの画像を繋ぐことによって、QuickTimeビュワー上で左右360度任意に回転可能なオブジェクトを作ることができるものである。それによって標本を自由な角度から閲覧することができ、立体的に標本を理解することができる。
また、Web博物館は閲覧が手軽なだけに、更新頻度を多くしたり、企画展のようなコンテンツの企画を行うなど、訪問者を飽きさせない工夫を施すべきである。そのためには後々のコンテンツ増加を念頭に入れた更新のしやすいサイト設計を考えなければならない。
4.3.まとめ
以上の調査より得られた考察からWeb博物館制作において考慮すべき事柄を次にまとめる。
1)無駄なF1ash使用を避ける
2)ナビゲーション内は簡潔な表現にする
3)全ページにおいてフォーマットを固定する
4)博物館としてのアイデンティティ計画を立てる
5)掲示板などを用いた交流の場を提供する
6)多角的な標本の閲覧を提供する
7)訪問者を飽きさせない更新計画を立てる
8)更新のしやすいサイト設計を考える
5.提案モデルの制作
調査から得られたデータや分析結果をもとに最終的な提案モデルの制作を行う。
5.1.対象
一般的に博物館の客層を見ると小学生から年配者までと幅が広く、県内外から集まってきていることが分かる。よって本Web博物館では仙台の一般市民を中心に、学生や研究者など、県内外の仙台デザイン史に興味のある老若男女を対象に制作を行う。(図1)
5.2.コンセプト
本研究のテーマである「仙台デザイン史を振り返るきっかけを作り、その価値の再認識を促す」ということを第一のコンセプトとし、一般市民に対して「Webサイトを一つのコミュニティとして、デザインに関する情報交換の場を提供する」、そして研究者に対して「仙台の工芸・デザイン史のデータベースとして、教育・研究へ活用させる」という3点を主なコンセプトとした。
グラフィック面では歴史を扱うという点からその伝統的なイメージを保つためにソフトトーン、ダルトーンの茶系を用いて落ち着いた配色を行う。また、仙台デザイン史博物館(SendaiDesignHistoryMuseum)のロゴを使用することで古さの中に新しさを込め、老若男女のためのサイトであることをアピールする。
5.3.コンテンツ(図2.図3)
1)トップ
2)ご案内:仙台デザイン史と本サイトについての説明を庄子晃子教授からお話しいただく。
3)展示室:工藝指導所やブルーノ・タウトについての解説、産総研東北センター倉庫内調査から得られた200種の標本の掲載、仙台の工芸品の掲載など。
4)年表:工芸指導所の歴史、日本のデザイン史と一般事項、世界のデザイン史と一般事項の3つの流れを年表を用いて表す。
5)掲示板:話題や感想のやり取りだけではなく、画像の投稿ができる掲示板を使用する。
6)リンク
7)サイトマツプ
8)お問い合わせ
9)スペシャルコンテンツ
5.4.伝えるための工夫点
1)ナビゲーションの整理と更新のしやすさの考慮(図4)
全ページ幅720ピクセルに統一し、メインナビゲーションを上部に固定するようフォーマットを設定した。
二階層目からは1ページを上下3つのフレームで分け、上部にメインナビゲーション、中部に内容、下部にコピーライト表記と東北工業大学へのリンクという配置にした。中部の内容部分はスクロールが可能で、上部と下部はスクロールを固定し、常にナビゲーションが表示されている状態にすることで操作の利便性を図った。
また内容部分の最上段には階層を追った戻りが可能なパンくず型ナビケーション、展示室では各カテゴリごとへのナビゲーション、ページ移動のためのステップナビゲーション、標本写真を使用したサムネイル型ナビゲーションなど、用途に応じた種々のナビゲーションを使用することで、操作の混乱を少なくするようにしている。
さらにステップ型やサムネイル型のナビゲーションを使用することで、今後コンテンツが増加した場合、複雑なデザイン処理をせずにページやサムネイルの追加・更新をできるようにしており、閲覧者にも制作者側にも負担を軽くするように設計している。
2)標本への様々なアプローチ
展示室において、標本のサムネイルをクリックすることで画面右半分に設けたインラインフレーム中にその標本の写真画像を表示させ、その下部にサイズや技法などの各データを表記するようにしている。また同階層に標本のQTVRを設置し、各角度からの標本の閲覧を可能にしている。そしてその近くには「さらに詳しく」のボタンを配置しており、それをクリックすると新しいウィンドウがポップアップし、さらに大きな画像や詳細画像、各データ、解説を閲覧できるようにしている。
さらに年表中の事項に、関係する標本や出来事がサイト内にある場合、それらを前述のポップアップウィンドウとリンクさせることで、時代背景も含めた関係性を捉えることができるようにしており、このように様々な角度から標本にアプローチすることで、閲覧者の理解を深めやすくしている。
3)一定数の訪問者を保持するためのコンテンツ
訪問者を飽きさせず、その一定数を保持するために通常のコンテンツとは別に、特別なコンテンツとして月刊あるいは季刊ペースで更新される特集ページを制作し、入口をトップページに設置する。これは長期で企画していかなければならないため、本論文では構想の段階ではあるが、現時点での企画としては元工藝指導所員や研究生などへのインタビュー記事や実際に見て歩きができるようなデザインマップなどの掲載を企画している。
またコミュニケーションツールとして画像投稿可能な掲示板を設置し、デザインなどに関する情報交換の場を提供することで、We牌物館内を活樹こさせながら、さらには固定客を獲得することを目的としている。
5.5.アンケートの実施と考察
制作した提案モデルについて19歳~24歳の男女30人と50代女性2人にアンケートを実施した。項目は理解度、見やすさ、操作性、雰囲気の適合性、興味の度合い、利用したいかを五段階評価で聞き、良い点.悪い点、意見・感想を自由記入方式で行った。
その結果、様々な感想が得られたが、各項目において総合的に好反応を得ることができ、指針や工夫点において一応の有効性があったと言えるだろう。しかし見やすさの点においてほとんどの被験者が「文字が小さい」「行間が狭い」ということを指摘した。サイズはCSSで指定しており本文が10pt、脚注が8pt,行間はデフォルトであった。本制作において文字サイズについては重点的ではなかったため、改めて検討し改善すべき課題である。
6.結論
産総研東北センター倉庫内の調査を中心とした工藝指導所をはじめとする仙台におけるデザイン史の調査から、仙台とデザインとの関係は古くから密接に関係しており、デザインをキーワードに仙台を盛り上げていくには十分に大きな基盤があることが分かった。そしてこれを伝え、残していくべきものであると判断した。さらにWeb博物館に関する調査から、一般的に博物館のWeb利用はまだまだ発展途上にあることが確認され、これらのことからWeb上において博物館を提供するためのニーズが存在すると推察される。
以上を踏まえて指針や工夫点を打ち立て、『仙台デザイン史博物館』の制作を行い、Webサイトとして一般に公開を行った。それについてアンケートを行った結果、一応の好反応を得ることができ、それらの指針や工夫点についての有効性が認められた。
謝辞
産業技術総合研究所東北センター所長加藤碩一氏、同産学官連携センターものづくり支援室の森克芳氏、およUWIDECデザインミュージアム研究会の皆様にお世話になりました。心より御礼申し上げますb
※1 H15以降の動きとして、デザインミュージアム研究会(MIDEC有志)の発足やせんだいデザインウオーク、せんだいデザインウイークなどのデザインイベントの実施などが見受けられる(H171現在)
※2 齋藤州一他「工藝指導所関連作品の調査.分析報告」日本基礎造形学会第15回熊本大会概要集2004pl9に掲載
※3 仙台市博物館にはタウト指導の作品(照明具他)と漆の手板、宮城県図書館にはS3の工蕊指導所開所式のパンフレットが残っている。
※4 齋藤州一他「Webサイト『仙台デザイン史博物館』構想の提案」日本デザイン学会第51回研究発表大会概要集2004p32に掲載