車いすの開発・生産・供給・使用と介護支援システムに関するデザイン学的研究Science of design on development, production, supply, and use, and care support system
吉田 泰三
1. はじめに
本研究は、障害者、特に高齢障害者が使用する車いすの開発・生産・供給・使用と介護支援システムについてデザイン学的視点から行う。
車いすの開発・生産・供給・使用と介護支援システムに関するデザイン学的研究の必要性は、従来の車いす研究が「車いす本体」、「車いすとユーザ」の関係」、「車いすと社会全体の関係」といった部分ごとに研究がなされ、それらが統合されてこなかったことから導き出されている。歴史的事実として日本の車いすメーカー各社は秘密主義を採用し、過去に得られた学問的・経験的知見を虫食い的に採用し、独自の車いす思想を作り出してきた。そしてその独自の思想を背景に独自の技術を築き上げてきた。しかし、その成果が顕著に現れているのは競技用車いすや脊髄損傷者用車いすなどアクティビティの高い利用者向け車いすであり、アクティビティのやや低下している高齢者向けの車いすではその成果はほとんど生かされていない。また単なる技術面だけではなく、移動・移乗・姿勢保持に関し簡易な機能しか持たない、二次的な障害を誘発しやすい「誰にでも使えるが、誰にも適さない」3万円前後で購入できる車いすが高齢者用としてあてがわれている。このことは車いす産業を取り巻く制度的特殊性や、一貫性のない高齢者医療・保健・福祉施策にもその原困を求めることができる。
そこで本研究では、いかにして外観性・機能・性能・社会的条件に優れた車いすを高齢者に適切な形で開発・生産・供給し、実際に使用できるようにしていくのか、をデザイナーの立場、開発者の立場、生産者の立場、流通者の立場、そして最終ユーザー・中間ユーザーの立場を踏まえて探求することを目的としている。そのための研究の過程として福祉政策の検証、デザイン手法の構築と検証、生産論的検証の3段階から研究を進めている。
上記の問題背景を踏まえ、本研究の最終目標として、日本の生活・文化に相応しい車いすの開発・生産・供給・使用を可能とする介護支援システムの構築をデザイン学的見地から図ることとした。
2. 論文の構成
本論は図1-1の全体構成図のとおり7章で構成される。
第1章の「第1章・序論」では本研究の目的、既往の研究、研究の特色と、研究の前提となる事項を述べた。
第2章では「介護保険制度導入後のわが国の車いす市場の変化の検証」では、わが国の高齢者用車いすの市場性について構造面と機能面から分祈した。
第3章の「中間ユーザーが車いすに求める要求項目の分析」では車いすの最終ユ一ザー(高齢者)の声を代弁できる立場にある中間ユ一ザーに対するアンケート結果を基に、車いすに求められる要求項目をモデリングした。
第4章の「車いすのデザイン総合評価項目の創出と検証」では中間ユーザーから得られた車いすに対する要求項目と先行研究を基盤に、車いすを様々な立場の人々が共通した評価項目に基づき評価するための評価基準のモデルを作成し、評価項目の妥当性を検証した。
第5章の「内外の車いすの生産手法の分析と評価」では内外の車いすメーカー・機関における生産現場の実態調査の結果を分析し、各メーカー・機関の生産上の特徴を描き出した。播き出された特徴的な生産手法で作られた車いすを、様々な立場の人々に車いすのデザイン総合評価項目を用いて実際に評価を行い、生産手法と総合的な評価の関係性を明らかにした。
第6章では第2章から第5章までに得られた知見を基に、わが国における車いすの開発。生産・供給・使用と介護支援システムに関するデザイン計画を立案し、今後の課題を述べた。
第7章では「結論」として本研究を総括した。
3. 用語の定義
本研究では、研究の過程で使用する用語を次の通りに定義する。
用語: デザイン
定義: 高齢者向け車いすの望ましい開発手法の創造・望ましい生産手法の創造・望ましい供給手法の創造・望ましい使用方法の創造、高齢者向け車いすを取り囲む介護支援システムの創造の総称
4. 介護保険制度導入後のわが国の車いす市場の変化の検証
介護保険制度の導入によって、わが国の車いす市場の構造がどのように変化し、それによって、現在何が問われているか、を福祉政策的に分析した。その結果、制度上の課題として、従来は補装具制度により医学的観点から処方がなされ、その結果を踏まえて車いすが供給されていたが、介護保険制度ではその観点もなくなり、従来からある店頭で自由に購入できる自由経済からの供給と相まって、より標準型車いすが供給されやすくなった現状が明らかになった(図4-1)。
また車いすの価格に関することとして経済的負担能力ではなく、価格のー割を負担する応益負担になり、負担能力が比較的低い人たちにとっては、必要であっても使用できないかもしれない、という新たな格差が生み出されていることが明らかになった。それらの課題を克服するためには中間ユーザーが車いすにかかる制度について全体に熟知する必票性がわかった。また、最終ユーザーも自ら確かな知識と技術を持つ必要性があることがわかった。さらに車いすメーカーから良質な車いすが供給されるためには国による福祉・介護・医療・産業の観点からの政策誘導が必票であり、海外への市場の拡張では、よりその任を果たさなければならないことが明らかになった。
5. 中間ユーザーが車いすに求める要求項目の分析
現在流通している高齢者向け車いすの使用の現状をとらえ、現在高齢者向け車いすにユーザーがどのような事を求めているかの声を、最終ユーザー(高齢者)から直接聞き取ることが技術的に難しいことから最終ユーザー(高齢者)の声を代弁できる立場にある中間ユーザーから求めた。施設福祉系中間ユーザーの車いすへの要求に関する意識と居宅福祉系中間ユーザーの車いすへの要求に関する意識の違いを比較すると施設福祉系中間ユーザーは車いす自体の機能・性能を保証させることヘ強い意識があるのに対し、居宅福祉系中間ユーザーは、外出を保障するための使い勝手や介護環境づくり、それを促す移動機能・性能に強い意識があることが明らかになった(表5-1,5-2)。
また、経済性に関して、施設福祉系・居宅福祉系共に「安さと性能のバランスを重視する」という考えを支持ずる人が主であるが、両者とも品質には妥協しない姿勢があることがわかった。今回得られた中間ユーザーの車いすへの要求結果を生かせば、ユーザーの立場、経験からのみならず、作り手、送り手が、それぞれの置かれた立場、経験上から、共に車いすのあるべき姿を検討できることが明らかになった。
6. 車いすのデザイン総合評価項目の創出と検証
中間ユーザーの車いすに対する要求内容と先行研究を基にデザイナー、開発者、製造者、提供者の各立場からの要求内容を加え、開発、製造、提供、使用、保守管埋、介護支援までを包含し、関係する誰もが理解し共有できる、総合的な車いすのデザイン総合評価項目の構築を行った。6つの評価項目構築プロセスを経て、構築されたデザイン総合評価項目は7つの大項目(適正動作機能、適正感性機能、適正入手・使用、適正シーティング、環境への適合、適正製造技術、安心・安全、生きがい)と、それに対応したA~Qまでの17の中項目、それに対応した総計120の小項目からなる(図6-1)。構築されたデザイン総合評価項目を使い、車いす知識をもつ2名の福祉専門職者によって市販されている「標準型車いす」、「多機能型車いす」、「モジュール型車いす」の3機種を対象に、評価シミュレーションを行った。その結果、3機種の違いが鮮明に浮かび上がり、本デザイン総合評価項目は使用可能であることが明らかになった。
7. 内外の車いすの生産手法の分析と評価
内外の車いす企業(6社、1セン夕ー)の生産手法を分祈したところ、「総合フロー型生産手法」、「自己完結型生産手法」、「ストック部品構成型生産手法」、「地域密着・独立型生産手法」、「他者製品改良型生産手法」、「地域密着・使用者協働型生産手法」に大別することが明らかになった。
その大別された生産手法を基本に高齢者対応の内外の車いすを5機種選定しデザイン総合評価項目を用いて、8名の車いすにかかわる職業人によって5段階評価を行った結果、北欧型を日本の高齢者の身体寸法に合わせて改良した車いすの評価が高い。北欧・米国製車いすの評価も高いが、日本の生活様式には合わない欠点があることが明らかになった(図7-1)標準型車いすは、合埋的な生産手法、人手サービスに高い評価があるが、他は極めて評価が低かった(図7-2)日本製でも海外の思想が混じって改良された製品は技術的に評価が高く今後の方向性が明らかになった。
8. 車いすの開発・生産・供給・使用と介護支援システムに関するデザイン計画(提案)
「最適な車いす」を開発・生産・供給・使用していくためには車いすメーカーと介護現場、医療現場、教育現場が分断化されている社会システムの状態から、車いすの開発・生産・供給・使用に関するすべての構成要素が介護支援システムとして双方向に関係性を持ち、統合化された介護支援システムの枠内で車いすの開発・生産・供給・使用という行為がなされる必要性があることが明らかになった。車いすのデザイン総合評価項目という共通言語を車いすの開発・生産・供給・使用という行為者すべてが使うことにより、統合された介護支援システムの構築の実現と、利用者にとって最適な車いすを世に送り出すことが出来ることが明らかになった。さらに分断化される要因として車いすに関する教育があることがわかった。開発・生産・供給に携わる人が専門分野ごとに細分化された教育内容で教育を受け、車いすを総合的に見ることができなくなっており、また最終ユーザーは車いすに関し、ほとんど何の消費者教育も受けていない現状も明らかになった。その現状を改善することも介護支援システムの構築の実現には必要不可欠であることが明らかになった。そのための総合化された介護支援システムを形成するための考え方を図8-1、図8-2に示す。