コミュニティがつくり育てる地域景観に関する研究 —仙台市青葉区花壇・大手町地区を事例として—A Participant Observation of the Process of Local Landscape Design by a Residential Community; A case study of the district of Kadan and Ohtemachi in Aoba ward, Sendai
渡部 生
第1章 はじめに
私たちは、日常をすごす地域景観を、周囲の自然や都市施設といった有形の要素だけでなく、そこに住まう人々の様々な活動をあわせた総体として認識している。
仙台旧市街西部の青葉区片平―花壇・大手町地区(以下「当該地区」)では、東日本大震災の数年前から地区内外の人々が地域づくりに参画し、日常のコミュニティはもとより、ハード事業を含む地域景観形成につながる活動を展開してきており、本研究題目を考察する好例となっている。
そこで本研究は、その土地に住まい、関わる人々、すなわちコミュニティがつくり育てる地域景観に着目し、当該地区における地域景観形成の実践プロセスとその特徴を明らかにするとともに、そのような状況が成立するための基礎理論を提示することを目的とする。
このため、当該地区のまちづくり活動に参画して、内情を探る実践参与観察を行うとともに、既往研究の参照や、コミュニティに関する定性分析考察をあわせて行い、一般論の抽出・検討を行った(参与観察の経過は、第4章のまちづくり活動経過に併記する)。
第2章 既往研究における検討
研究に先立ち、都市論・場所論に関する名著i) を参考に、まずベーシック・キーワードとして[場所性][コミュニティ][都市景観][生活景]といった用語を概念整理し、主題とする[地域景観]については、「地域に固有の有形無形事象で構成される地域空間を景観として認識した表象のことで、必ずしも特徴的な名所となる景観に限定しない」と定義した。すなわち、領域的には都市景観と生活景の中間的広がりを考え、住民個々の生活景が地域的なまとまりを形づくり、コミュニティレベルでの議論や創造の結果として形成されるものを想定するものである。
近年の既往研究をみると、例えば都市景観論では、都市の外縁や稜線を論じた形態論や、経済活動現象を観察するものなど多岐にわたるし、いわゆる伝統的建造物群保存地区や古都の町並み、あるいは美の条例を定めた真鶴など、歴史的景観の保全や明快な性格づけを付与したやや上意下達的な景観論が多いii)。
一方、個別、部分からのまちづくりとしては、いわゆる三軒協定にみられるような、地域地区制度などのルール化に関する実践研究が示唆に富むiii)。ただしこの例も、建築物の景観コントロールが主題であり、市民参加により戸外の共有空間を創出し、まちづくりを展開しながら都市計画レベルとも整合させている本研究のような事例は見当たらない。
こうした点から、脇坂・田代ら(2007)iv)や大沼ら(2008)v)は、当該地区に着目し、共同菜園づくりの経過やコミュニティの形成過程を観察調査してきた。とくに後者は、後述「まちなか農園藤坂」の形成過程と住民らの関わり方を整理分析した本研究の直接の先行研究となるもので、菜園づくりのようなアクティビティが、誰もが認識しやすい「素地性」、料理や装飾など様々な文化交流に展開する「多元性」などが指摘されている。また、常時参加できない住民らから「活動が一部の人に偏っている」と指摘されるような「定着性」の強さもあわせて指摘されている。とはいえ、この論考も、主題はコミュニティ形成論であり、それが地域景観にどのようにつながっていくのかを説明したものではなかった。
本研究は、これをふまえ、当該地区周辺のまちづくり活動経過と地域景観に着目し、そこに関わる人々によって主体的に公共的広場が形成され、周辺を含めた地域景観が変わりゆくプロセスを記録、分析考察するものである。コミュニティレベルによる公共的空間の創造・育成事例はこれまで、水辺や古い街並みといった明瞭な景観資源に限られていたが、いわば負の遺産を積極的に活用し、日常の地域景観少しずつ改変、改良していった経過は独特であり、参与観察には一定の意義が認められると考えられる。
第3章 対象地域の自然・地理・歴史
青葉区の人口は約30万人、そのうちおよそ1万人が居住する片平地区は、商業中心部にも近く、現在は高等裁判所、消防署、片平丁小学校および東北大学片平キャンパスを囲む文教地区の一つで、南西部を蛇行する広瀬川が東進する。
片平地区は、広瀬川と河岸段丘・経ヶ峰を基層とし、近世に開かれた武士層の居住地および道路が割られ、起伏豊かな空間の骨格を形成している。なかでも、片平地区の南西部に位置する花壇・大手町地区は、野趣に富んだ自然環境が残され、町割りの境界には緑地・植栽が施されてきた。また広瀬川沿いは河川改修とともに、かつては刑場、やがて牧場や動物園、さらに運動場と、時代に応じた公共空間が形成されてきたvi)。
花壇、琵琶首といった旧町名は昭和後期まで続いてきたが、これが「花壇・大手町」なる地区名に変更される一方、戦後すぐ、自動車交通を重視する都市計画道路がこの地に計画され、平成に入って用地買収に着手、未利用地が発生する状況に至り、現在は延期・建設中止を経て計画廃止に至っている。
片平丁小学校区は6エリアに区分され、このうち、中町段丘にあり、中心部に近いのが西より大広会(片平)、柳町、北目町の3地区、下町段丘にあるのが花壇・大手町、米ヶ袋の2地区、広瀬川右岸にあるのが霊屋下地区である。公共施設としては、仙台高裁や消防署そして東北大の片平キャンパスが中心に構えるが、市民に関わりが深いものとしては片平市民センターがあり、教育・文化・交流そして防災の拠点となっている(図1)。
第4章 まちづくり活動と地域景観
当該地区は、2007-09年に現代郷土誌「片平地区平成風土記」を編さんした頃から、住民によるまちづくり組織が立ち上げられ、中心に片平地区社会福祉協議会、片平学区民体育振興会、片平丁小学校、PTA、老人クラブなど他の多くの組織を巻き込んで「片平地区個性ある地域づくり計画策定委員会」として発足させ、現在は「まちづくり会」を創設し現在に至っているvii)。本章では、当該地区におけるまちづくり活動のプロセスを観察・記録し、その特徴を抽出した(表1)。
4.1.P・パークとまちなか農園藤坂, 2005-
都市計画道路の未利用地の一画にポケットパーク(花壇)を創設したのに続き、後年の核となる共同菜園を創出したviii)。これが、地域内外の人々がコミュニティを形成し、自分たちの場所だと認識するきっかけとなった。
4.2.まちなか農園ニュース, 2007-
共同菜園の育成過程やイベント案内を記録周知するミニコミ誌であり、活動内容や関係者の動きなど、本章の基礎資料となった。
4.3. 片平地区平成風土記の編さん, 2007-
総勢230名を超す片平地区住民が資料をもちより編さんした郷土誌である。往時のまちの賑わいや、戦災を切り抜けた話、現代にも残る祭りや文化、職人の話など、多様な視点が取り込まれている。また、その編さんにおいて列挙された地区住民の選ぶ「名所」は健康づくりのマップとして再編されたix)。3部編とし、地形上の理由から、花壇・大手町地区は霊屋下地区と同一紙面となり、4.7の企画にもつながった。多くの自然風景や歴史的遺構など、いわゆる地区ごとの「ハレ」の地域景観が選出された(図2)。
4.4.まちづくり会とまちなかテラス, 2010-
各種取り組みから形成された幾重ものコミュニティを組織して片平まちづくり会を創設した。まちなか農園藤坂の周辺は、まちづくり計画において「まちなかテラス」と呼ばれ、交流広場としての役割が期待されている。
4.5.震災後の取り組みと地域景観, 2011-
取組みの中途に東日本大震災が起こり、コアスタッフは不眠不休で地域内外の対応にあたった。同時に、防災や共助の意識がさらに高まり、それまでの取組みに防災や共助の視点を付与して検討する力が育まれていった。
4.6.未利用地における保育所建設計画,2012-
震災復興や地下鉄東西線事業が本格化するなかで、道路用地が安易な売却・開発に至らぬよう、低層で相互交流が図れる施設計画案を地域から提示した結果、待機児童問題に悩む仙台市の事情を勘案して保育所計画に至った(東北工業大学からも提案を続けた)。2014年度末には用地造成工事が始まった。
4.7.片平まちなかグリーンフットパス
共同菜園に始まった各種取組みを物理的精神的に結びつける歩行空間の提案である。観光名所も多く、地下鉄開業が間近となっていることもあり、仙台市としても前向きに検討が始まっている。2015年度からは住民ワークショップの開催が計画されている。
表1片平地区のまちづくり経過と農園ニュース
4.8.小括
このように、当該地区のまちづくり活動プロセスは、負の遺産ともいうべき道路用地を菜園に利活用する取組みから始まって、保育所建設、まちなかテラスなる公園・広場やフットパスの計画へと至っている。すなわち、コミュニティがつくり育てる地域景観の中心的な事例となっている(図3)。
第5章 周辺住民や来訪者からみた地域景観
前章において中心的空間の形成過程を明らかにしたものの、地域景観とは本来、地区内に閉じたものではない。そこで本章では、地区外住民を含めた散歩マップ調査、イベント来訪者の感想調査を補足として行った。
散歩マップ調査では、当該地区を散歩している人々に着目し、コース設定と地域景観への関心内容をヒアリングするとともに、散歩コースの沿道風景を撮影し、経路の特徴を考察した。調査は、2014年10月から12月にかけて実施した。被験者は14人であり、その一例を図4に示す。
散歩の主目的については、ジョギングやウォーキング、さらにペットの散歩といった合目的的な例から、気分転換、通りすがりや買物の経路といった結果も混在した。うち2名は、木々を撮影する、庭木を眺めるなど、地域景観に価値をおいているとみられる。
経路選択については、やはり広瀬川沿いを舞台とした経路が多い。うち3名はペットの散歩が主目的で、必然的に歩行空間としてより安全な経路を選択していた。また周遊型の経路もあれば、広瀬川や瑞鳳殿の下まで行き、戻るだけという往復運動もあった。
図4地区および周辺地区居住者による散歩マップ・散歩景観の例
14名中6名と、もっとも多く見られた周遊型ともいえる散歩では、経路が長く、ビューポイントや目印となる箇所、藤棚や階段、曲線路など経路毎に価値を見出しているのが特徴である。1例ながら、まちなか農園藤坂に立ち寄っている例もあった。草木や作物など、季節や時間とともに移ろい行く姿、地域景観が動態的であることの重要性を示唆するコメントも多かった。
なお、商店建築など目印となる施設は、やはり空間認知の結節点として機能しているが、例示しながらも景観が悪いので通らないと断言している例もあり、人工物が果たす役割が少なくないことを感じさせた。
また、散歩中に知人と会う、会話するなど、にぎわいを求めているような経路も少数あったものの、やや落ち着いた経路選択をとる人が相対的には多かった。
ところで、研究題目に相当する「まちなかテラス」を、地区周辺の人々がどのように捉えているのかを疑問点としていた本調査では、被験者数が限定的であることもあり、十分な回答が得られたとはいえないが、逆にいえば、今後の整備方法、育て方により、動態的な景観を楽しむ人々を誘うルートを創出する可能性は秘められているともとらえられる。
次いで、地元イベント「収穫祭」が行われた2014年11月8日に実施された東北工業大学生20名の学外授業に同行し、レポート内容から地域景観についての印象を調査した。
例えば、コンクリート舗装が大半を占める道路計画用地の印象にとまどう回答の一方で、農園、石積み、パーゴラ、収納板塀といった工作物とそれらがつくる彩りを楽しむ回答がみられた。また、イベントゆえに地域コミュニティの親密な活動風景がみられ、あまり経験のない学生にとっても、多世代が親密に交流する風景には好印象を抱かせるものがあったようである。また、イベントの実施運営にかかる何日もの準備期間を想像したコメントや、パーゴラや丁寧に清掃された倉庫から活動の充実を読み取ったコメントもあった。
その一方、調査日は雨天であったため、活動の活発性を感じ取れなかったコメントや、「農園の面積よりコンクリートの面積が大きく、物寂しい」といった声もあった。
総じて両調査からは、自然豊かな住宅地景観のなかに、共同菜園に代表される住民や関係者がつくり育てる情景が存在感を増しつつある動態的な状況を確認することができた。
第6章つくり育てるコミュニティの形成要件
地域住環境を舞台としたコミュニティの形成は、当該地区においては、都市計画道路未利用地が[活動場所]となって「まちなか農園藤坂」の取り組みが実践され、この農的な[協力活動]が多世代の住民・関係者に広く受け入れられるという経過をたどった。
これを改めて概念整理する。先ず
[I] Inhabitants 地区住民
[~I]Non-inhabitants 地区住民以外の人々
の2区分はどんな地域にも当てはまるが、この協力活動においては、
[A] Activity Leading Persons 活動主導スタッフ
[B] Backup Participants後方支援者
[C] Companions 企画参加者
[D] Dwellers and Passers-by 通行人・不参加民
[E] Extras 活動と無関係の人々
といった、協力活動への関わりの5段階が、上述の地区住民であるか否かに関わらず観察された。この概念関係を図化すると図5のようになる。すなわち、これを一般的なまちづくり論x) におけるコミュニティの形成要件[協力活動][活動主体][活動場所]でいいかえれば、地域の現場に[活動場所]があり、そこに[協力活動]が生まれるとき、[A]かつ[I]なる活動主導メンバーを中核として、そこに地域内外の支援者、参加者といった人々が主体的に集う人々の集団を「(つくり育てる)コミュニティ」と呼ぶと説明できる。なお、ここでのコミュニティは、その活動を継続するため、[A]や[B]を理解し、支え、再生産しようとする人々であるし、また[C]や[D]は、その活動に反対していない限り、これを抑止しようとはしない。
地域景観は、このような人々の集団が織りなして形成する、参加による環境デザインの一様ということができる。
第7章 結語
―コミュニティがつくり育てる地域景観―
本研究は、コミュニティがつくり育てる地域景観を主題とし、その実例が観察できる仙台市青葉区花壇・大手町地区のまちづくり実践プロセスに参画し、そのしくみや創出された環境造形の特徴を明らかにするとともに、そのような状況が成立するための基礎理論を提示することを目的として進めた。
その結果、以下のような知見が得られた。
(1)緑地や川辺といった魅力ある公共空間の育成ではなく、都市計画道路未利用地のような負の遺産ともなり得る空白地であっても、これを積極的に活用することによって、コミュニティがつくり育てる「共同の場」を獲得することは可能であり、仙台市青葉区花壇・大手町地区の通称「まちなかテラス」を核としたまちづくり実践活動は、これを体現する事例となっている。
(2)仙台市青葉区花壇・大手町地区においては、共同菜園づくりが活発なまちづくり活動を生む契機の一つとなったが、その後は郷土誌編さん、組織形成、防災と共助、復興施策協力など、多岐にわたる動きへと広がりをみせた。この間、活動主体は常に地区住民以外にも協力者を募ることによって内容の向上と活動の継続を図っており、活動手動スタッフから、後方支援者、企画参加者が形成する、ゆるやかな「つくり育てるコミュニティ」の存在が特徴となっている。
(3)仙台市青葉区花壇・大手町地区周辺の地域景観は、豊かな自然地形や歴史文化遺産、さらに百万都市の中心市街地といった要素を骨格にもつ一体的な住宅地景観であり、地区外住民が日常の散歩にも活かすなど、もともと「自然・歴史が豊か」で「開かれた」状況にあった。そして、これに「コミュニティが協働して改変・改良できる場」が加わったことで、適度に変容性のある景観が形成されている。そして当該団体が企画している「フットパス」に代表されるように、コミュニティがつくり育てている「まちなかテラス」とその周辺は、限られた一領域における環境デザインに留まらず、地域景観を形成する骨格的要素へと昇華する可能性を有している。
(4)地域景観をつくり育てるコミュニティの形成構造は、[協力活動(こと)][活動主体(ひと)]そして[活動場所(場)]を基本的要件とすると考えられる。とくに、「ひと」については、地域住民かつ活動手動スタッフとなる人々が中核にあるコミュニティが代表的なモデルとして想定できる。
(5)コミュニティがつくり育てる地域景観とは、対象とする地域において行われる内的/外的な[協力活動]を、やや開かれながら地域に根ざした[活動主体]が継続して実践することにより、結果として[活動場所]そのものが地域の特質を深めていくような、生活景とその環境構成からなる一体のまとまった景観を指すものと説明することができる。
【主な参考文献】
i) K・リンチ「都市のイメージ」1965, E・レルフ「場所の現象学」1991, C・アレグザンダー「パターンランゲージ」1977, Y・F・トゥアン「空間の経験—身体から都市へ」1988ほか
ii) 例えば、川上光彦編著「地方都市の再生戦略」学芸出版社2013や、岡村・木村・和田・稲葉・藤原・高橋「生物多様性と文化複合系の再構築に関する研究」国土文化研究所研究報告,pp43-52, 2012など
iii) 鈴木智香子「戸田市都市景観条例における『三軒協定』に関する研究―街並み形成施策上の位置づけと『三軒協定』締結状況―」日本建築学会大会学術講演梗概集(九州)7052,pp133-134, 2007
iv) 脇坂圭一、田代久美、細田洋子「都市のプラットフォームとしての中心市街地における「農」空間に関する研究-空き地を利用した実験的プロジェクト「アーバンスコップ」の実践的検証その1/2」日本建築学会東北支部研究報告会,pp251-258,2007
v) 大沼正寛、阿部太一、細田洋子、鈴木南枝、脇坂圭一「共同菜園を活用した地域コミュニティ形成過程の参与観察ー仙台・まちなか農園藤坂の事例からー」日本建築学会住宅系研究報告会論文集第3号, pp81-86,2008
vi) 佐藤昭典「仙台を作った「川」四ツ谷用水総集編」南北社2009および「絵図・地図で見る仙台」仙台市博物館蔵
vii) 片平地区平成風土記作成委員会編「片平地区平成風土記」2009および片平地区まちづくり会「片平地区まちづくり計画『杜の都・仙台を象徴するまちづくり』」2013
viii) 仙台市「まちなか農園-まちを育てる畑-」2008
ix) 片平地区連合町内会ほか「片平の名所一覧[花壇・大手町—霊屋下エリア]」「かたひらウォーキングマップ[花壇・大手町—霊屋下エリア]」青葉区コミュニティ活性化モデル事業,2010
x) 例えば、日本建築学会編「まちづくりデザインのプロセス」技報堂, 2004